2014年6月16日月曜日

青いイルカと泳いだ日・ESP:超感覚的知覚

アロハ

いま続いているのは小説「ブルー・ドルフィン」のコンパニオン本でピクチャーBOOK「青いイルカと泳いだ日」の中からの抜粋です☆

★ ESP:超感覚的知覚

ヘテロセクシャルとGLBTの違いは性的な趣向だけであって同じ人間です。
 

浮き沈みする感情もあるし、痛みも感じる。
 

人間の基本的な力である〝感じる〟という部分がCOCOを通して描いたテーマの半分で、ESP(超感覚的知覚)&スピリチュアルな世界に関係します。
 

ESPはエクストラセンソリー・パーセプションの略で、通常の五感を超えた超感覚のことを指します。
 

この部分は明確に人間のスピリチュアリティー+潜在的な能力+可能性と繋がるものです。
 

彼女を通じて書きたかったESP&スピリチュアルな部分は、他人の感情や痛みを感じる、超感覚なセンスに翻弄される、スピリチュアルな次元から頻繁に干渉される生活+人生です。
 

そして小説内で書いたそれらの出来事は、想像の域から出ることのないファンタシー的な作り話しではなく、個人的な実体験を元に織り込んであります。
 

ESP+サイキックな世界を知らない人にとってはファンタシー的に映ると思いますが、サイキックな ESP 世界に住む人はリアルな現実として受け取れるでしょう。
 

著者としてはサイキックな ESP世界はリアルなので、この部分も曖昧ではなく、可能な限り現実的に書く努力をしました。

ESPというのはどういうものなのか?
 

サイキックな視点だと世界はどう見えるのか?
 

感覚を通じて ESP的に解ってしまうとは?
 

ESP的に感じるとはどういうことか?
 

見えない向こう側の世界との橋渡し的な役割とは?
 

そんな内容が最初からクライマックスまでを引っぱっていきます。

小説そのものは基本的に三人の主人公を通じたGLBT恋愛小説ですが、それらを最終的に繋いでいるのがESP&スピリチュアルな世界になります。

ESP能力にも様々な種類があり、簡単に一言で表現できる類いのものではなく、一般的には以下のように分類されます。
 

クレアヴォヤンス(超視覚)
 

クレアオーディエンス(超聴覚)
 

クレアガスタンス(超味覚)
 

クレアアリエンス(超臭覚)
 

クレアセンチエンス(超体感力):エンパス(超共感力)
 

クレアレコグニザンス(サイキック的にわかる力)

「ブルードルフィン」の中で最も表現したかったESP的な事柄は〝エンパシック:感じる能力〟と クレアヴォヤンス(超視覚) の二つです。
 

自分ではない人の心の痛みや感情を感じるのは、一体どういうものか、視えるという世界はどんなものかを書きたかったのです。
 

その延長線上で、超感覚を持っている主人公に対して、スピリチュアルな世界がどのように干渉し得るかも描いてみました。

その他の能力についても書きたいと思いましたが、難しく専門的になってしまうと解説する必要がでてくるし、難度が高いと複雑になってしまうのでかなり控えたというのが実情です。

正直に書いてこの部分は書き足りなかったので、続編でさらに深い部分を書こうと思っています。

「青いイルカと泳いだ日」関連記事



Coming Soon! 2014年初夏

愛の島の呼び声を聴いたなら
誰一人その誘惑には逆らえない。


 ▼1日1回投票してね!ブログランキングへ





セクシャルマイノリティ ブログランキングへ


アップランキングに登録してみました!
1日1回、クリック、お願いしますね。

2014年6月14日土曜日

青いイルカと泳いだ日・クイーンズサーフ

「SWIM」という脚本の舞台に設定したのがクイーンズサーフ。

ワイキキのダイヤモンドヘッド側、カピオラニ公園の脇に横たわるビーチの正式な範囲は、カパフル防波堤から戦争記念水泳場の壁までとかなり長いビーチです。

クイーンズサーフには全体を二つに別ける防波堤があり、カパフル側はファミリーや観光客が多く、中間にあるコンセッションスタンド前の小さなビーチと、ワイキキ水族館までの周辺の芝生はゲイビーチとして賑わっていました。

ちなみにオアフ島にはクイーンズという名のつくビーチは二つあります。

一つはワイキキのクイーンサーフ、もう一つはハワイカイの先、カイヴィのクイーンズビーチです。



小説の舞台になっているのは2000年頃のワイキキで、当時は今よりも本土からのゲイの観光客が多く、 あの頃のクイーンズサーフは普通の日でも結構な込み具合でした。

週末になるとビーチタオルを広げて横になるスペースを探すことも難しかったのです。

ちょうどハワイ州がゲイの結婚を認める投票を行うことで注目を浴びていたのでハワイブームでした。

この時の同性婚を巡っての市民による投票は結果的に負けてしまったのですが、 ハワイは2013年の年末に同性婚を認めたので、他の州からハワイへ引っ越ししてくるゲイのカップルが増えています。



ビーチはすぐそこという環境だったのですが、時たまビーチに行って日光浴をすることはあっても本格的に泳ぎ込むことはなく、 日焼けの途中に海に入って熱を冷まし、泳ぐわけでもなく波に揺られるのに飽きたら陸に上がって再び日光浴するという感じでした。

小学生の頃に水泳を始め、プールに通って育った人なので泳ぐことに抵抗はありません。

しかし海となると話しは別です。海は同じ水でも生き物のようなものに感じてしまうのです。

プールに波は無く、泳ぎのリズムも一定に保ちやすいのですが、海となると波の具合によって泳ぎ方を変える必要があり、プールのように泳ぐわけにはいきません。

しかも潮の満ち引きで水位が上がったり下がったり、波の勢いも変わるのでいつも同じコンディションではありません。

そんな条件も加わって海で長い時間泳ぐという気持ちはあまり起きなかったのです。



それにハワイに住んでいるからといって毎週末にビーチに出かけるという習慣が簡単に育つわけではありません。

ハワイに住んでいてもビーチに行かない人たちは大勢います。

海に入るのが好きな人たちはサーフィンや何かしらのマリンスポーツに傾倒している人たちです。



観光でワイキキに来ている旅行者たちはビーチ際で日光浴をして、時どき海に浸かってというのがお目当てです。

しかし住民にとっては海に入るのは手間が掛かるし、普通に生活しているとビーチでまったりする時間を作るのも一苦労。時間の多い子供たちはビーチが大好きですが、大人になって仕事中心の生活になり、家族や子育てなどが加わるとビーチは生活の外に追い出されてしまうのです。

友人の中には長年ハワイに住んでいるけれど、ビーチでBBQを楽しんだり、水際近くまでいくことはあっても、海の中にズッポリ入って泳ぐなんて考えない人が殆どなのです。

それにビーチに来たからという理由で沖まで長時間にわたって泳ぎに出る人は稀だと思います。

誰だって一人でビーチに出かけて、財布やら鍵やらの入ったバッグを置いて長時間に渡って泳ぎに出かけるなど考えられないでしょう。

ワイキキに滞在する旅行者はリラックスして気の張りも緩むわけですが、それを狙ったスリや置き引きの被害に遭う人も多々いるのが真実です。

プールにはコインロカーがありますが、クイーンズサーフに荷物を預かってくれる場所はありません。

家族や友達と一緒だったり、知り合いが沢山いれば荷物を見ててくれと頼めますが、当時はビーチ通いが頻繁だったわけでも、知り合いが沢山いたわけでもなく、荷物から離れることに抵抗がありました。



ビーチに頻繁に出向くようになって少しずつ顔見知りが増え、挨拶を交わす感じの知り合いも現れ、アメリカ人のゲイの友人たちと知り合い始めました。

少し長めに泳いでいたらビーチで一緒に泳がないかと誘われたのです。泳ぐことには抵抗は全く無かったし、少しはエクササイズをした方が良いと思っていたので、「はい、そうしましょう」と何も考えずに一緒に泳ぐことを了承してしまいました。

そんな感じの軽いノリで再び泳ぎ始めたわけですが、最初の頃は結構大変でした。

特別にエクササイズもしてなかったので筋肉が落ちてしまって弱く、体力も以外に低くなっていたからです。

泳ぎのフォームは身に付いているものですから再び泳ぎ始めた時も問題はありませんでした。

しかし筋力がないので波の中で自然なバランスをとるのが難しく、以前のようにスムーズに泳ぎにくい。

しかし身体というのは不思議な生き物で、3〜4年は泳いでなかったのに、泳ぎ始めると身体が泳ぎ方を思い出すかのように日に日に昔のようにスムーズに泳げるようになり始めるのです。

いざ真面目に泳ぎ始めると習慣になり、しばらくの間は週に3〜4回も泳いでいました。

美しい青い海が広がるワイキキの側で生活していたにも関わらず、出不精で遮光する気にも泳ぐ気にもならなかったわけです。



しかし、ビーチに出かけ、ワイキキの海の中へ泳ぎでるようになって「もっと早くに泳ぎに出ればよかった」と後悔しました。

ビーチ派でない方は海の中に入るのは面倒に感じるかも知れませんが、本当にもったいないので滞在中に一回は少し泳いでみるのを勧めます。


「青いイルカと泳いだ日」関連記事

Coming Soon! 2014年初夏

愛の島の呼び声を聴いたなら
誰一人その誘惑には逆らえない。


青いイルカと泳いだ日・性転換+スピリチュアル

アロハ
いま続いているのは小説「ブルー・ドルフィン」のコンパニオン本でピクチャーBOOK「青いイルカと泳いだ日」の中からの抜粋です☆



初めての小説「ブルードルフィン」は基本的にGLBTな内容ですが、それだけではありません。
 
今までの著作と同じように、サイキック+スピリチュアルな世界観でストーリーが展開されます。
 

普通では見えない、感じられない世界を、GLBTの世界を通して描きました。
 

そんな内容なので一言で簡単に説明するのが難しい著作です。
 

今までの著作との共通点としてあげられるのは、小説の舞台になっている〝ハワイィ〟という島々、そして海です。
 

その次がハワイアン的な精神世界とサイキックな感覚の世界。
 

この二つに新たなGLBT世界が加わっています。
 

GLBTな部分はその世界に住んでいない人たちにとっては〝あなたの知らない別の現実〟的に映るかも知れません。
 

そのGLBTな部分でさえアメリカ的なので日本のGLBTシーンとも趣が違うのではないかと思います。
 

「ブルードルフィン」はハワイ+サイキック&スピリチュアル+GLBTという三本立てな内容の、ちょっと変わった小説ということです。
 
 

この作品で主に書きたかったのは、普通の人間として経験し得る類いの内容です。
 

友情、恋、セックス、失恋、混乱、喪失、病気、死、愛、再生などという普遍的なテーマです。
 
 

そこで三人の主人公を登場させました。
 

その内の一人、COCOが性転換をして女性になったトランスジェンダーです。
 

転換前ではなく、転換した後のことで、男と女という〝性の狭間〟の視点。
 

肉体と心のギャップがテーマの半分で、男から女性へ身体を作り替えてから新たに始まった心の旅路、精神性の変容のような内容です。
 

COCOを通じて性転換に関係する内容が語られますが、 性転換そのものよりも、彼→彼女の世界観が性転換を巡ってどう変わり、最終的にどこを目指したかを書いてみたかったのです。
 

性転換して男の形から女の姿になったけれど、自分自身と上手く折り合いがつかない。
 

男だったという過去から逃げられない。
 

男だった時の心の痛みは掻き消せない。
 

身体は女性になっても心がその中に落ち着かない。
 

本当の自分に近づくために性を変えたけれど、本当の自分が分らなくなる。
 

完璧に近く女に近づいたけれど自分を完全な女として感じられない。
 

COCOの〝自分と向き合う〟〝ありのままの自分を受容する〟という精神的な葛藤は、自分の性に対して疑問を持ってない人たちとベクトルの度合いが少し違うだけで、誰もが何かしら同じようなジレンマや葛藤を抱えています。
 

〝○○な自分が嫌い〟
 

〝自分の○○な部分が気になる〟
 

〝○○な自分になりたい〟
 

自分の中にある自分との葛藤、理想の姿とのギャプ、コンプレックスというのは、それを見つめれば見つめるほど大きくなり、変えようともがいて動けば動くほど、抵抗するほど逆に縛られてしまう。
 

ありのままの自分を認め、そこから変容していくという自己受容のテーマは、人間の精神的な成長、スピリチュアリティーと密接に繋がるものです。
 

そして、それに深く関係するのがセックス=性+性別です。
 

性+性別に縛られるか、それから自由になるか。
 

その先にあるのが性別を超えた人間性です。
 

初めての小説でGLBT+性転換+薬物依存+HIV/AIDS+サイキック&スピリチュアルを選んだのは明確な理由が色々とあります。
 

私の周囲のスピリチュアルに傾倒する友人たちに試験的に小説を読んでもらったのですが、その中の数人が言いました。
「もっと普通のスピリチュアルな話しだったら入り込めたのに」

 

主人公を普通のヘテロな男性または女性にして、もっと無難な内容のスピリチュアルなテーマで書くことを考えなかったわけではありません。
 

例えば

予期してなかった出来事で人生につまづいて、旅に出て自分自身のことを知っていくとか

不思議な出会いのグルに導かれて精神性が開かれていくと か

青天の霹靂でETとコンタクトできる人に知り合って宇宙文明と宇宙そのもののことを理解していくとか

突然に不治の病を宣告されて、生き残るために 様々な可能性を求めて世界中のヒーラーを訪ねて廻るとか。
 

そちらの方が断然に一般的だし、自分に当てはやすく共感しやすいのは明確です。
 

しかし私はそこに興味がありませんでした。
 

〝一般的なスピリチュアル〟を書く気は始めからなかったし、必要性も情熱も感じませんでした。
 

それは多くの人が書いているからです。
 

将来的にスピリチュアルな内容を盛り込んだ小説を書くとしても、一般的な内容は選ばず、誰もが意外性を感じることを皮切りすると思います。
 

私にとってGLBT世界が最も身近だということもありますが、あえてGLBTな世界を通じて別視点でのスピリチュアリズムを提示したかったのです。
 

セクシャルマイノリティーの世界は ヘテロセクシャルな人にとって様々な感情や観念、視点を沸き上がらせることは間違いないでしょう。
 

それはヘテロな性しか知らないから。
 

ヘテロ性な視点ではそれがノーマル:普通で、それ以外はアブノーマル:普通でないと思いがちだからです。
 

しかし、それらの視点はヘテロ性が貼付けた勝手なレッテルであり、男性が女性を蔑視する男尊女卑的な視点とホボ同じレベルだとしか言いようがありません。
 

GLBTな世界を蔑視する、気持ち悪いと嫌悪する、全く別世界のことだと境界線を引いてしまうなら、無条件の愛、人類愛、世界平和などを目指しているスピリチュアリズムからほど遠いのは誰の視点からでも明白でしょう。
 

国連は2013年の年末に全世界に向けて同性愛嫌悪に対するメッセージを公表しました。
 

いま世界は人種や性差別、文化的または宗教的な偏見や隔壁を乗り越えようとしているのです。
 

人間がその他の人間を性別または性的な趣向の方向性が違う、人種が違うということだけで、蔑視したり暴力を振るう状態の精神性では、眼に見えないスピリ チュアル世界に招かれたり、文明的にも惑星間航行ができるというテクノロジー的にも意識も遥かに進化している地球外文明とのコンタクトなど起きなくて当り 前です。
 

なぜなら、それらの世界は、性別や人種、宗教観を超えた意識の次元にあるからです。
 

スピリチュアルな世界は、奥を目指して突き進んでいけばいくほど、生易しさは消えてなくなり、容赦ないハードボイルドになります。
 

それらと深く繋がり始めると、自分と言う人間の全ての側面が測りにかけられ、多角的に試され、どこまで精神性が成長したのか問われ続けます。
 

自分の性に対する意識、性差別、男尊女卑
 

人種的な偏見、宗教的な価値観や信条
 

フォビア的な側面、猜疑心
 

恐れ、怒り、悲しみ、孤独感
 

愛情の度合い、その広さと深さ
 

傲り高ぶり、優越感、エゴ、縄張り意識、感情のコントロール
 

嫉妬やライバル心
 

知性、学習心、 向上心、強調性、理解力、創造性、想像性、実行力
 

とにかく、ありとあらゆる自分勝手な思い込みや、意識の制限などが容赦なく試されます。
 

そういう理由から、オヴラートに包まれたかのようなファンタシー的な要素の強いスピリチュアルもどきを書く気はサラサラなかったのです。
 

先にも書いたように、スーパーリアルなイラスト世界を目指していた人なので、こうなのではないかと想像したイメージに近い世界ではなく、現実世界の延長線上として、リアル感の強いスピリチュアルな話しを書きたかったのです。

「青いイルカと泳いだ日」関連記事


Coming Soon! 2014年初夏

愛の島の呼び声を聴いたなら
誰一人その誘惑には逆らえない。

LinkWithin

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...